W章 父権の喪失


小さい子供の登校拒否は、夫婦の真剣な芝居で簡単に直る


 私は、教育評論家ではありません。
 "論"を語るだけで、事足れりと思うほど甘くはないつもりです。この本の中でも、私は極力"論"を避け、私自身が具体的に体験してきたこと、見てきたことを資料に基づいて書いてきました。
 情緒障害児という言葉も、実を言えば、論を振り回す人達が作り出した言葉で、私は必ずしもこの言葉が適当だとは思っていません。英語では、前にも書いたように情緒障害を"エモーショナル・トラブル"あるいは"エモーショナル・ディスターブ"と言っています。"障害"と言えば、何やら重たい感じがするし、現に重たい障害を心に抱えてしまった子供達も少なからずいるのですが、ヨットスクールに来てすぐに直ってしまうケースも、かなりあります。
 登校拒否を続けている子供が合宿所にやって来ます。あるいは合宿とは別にやっている日曜スクール、サマースクールなどに入って来ます。
 彼らはいちように尻込みします。やりたくないと言うのです。そういう時、私達は子供を一喝します。
「なにを!男だったら、これくらいやらんでどうする!」
 有無を言わさず、即座に作業につかせます。そんな風に強烈に言われたことがない子供は、ビックりしてコーチの言うことを聞きます。どうやったらヨットに乗ることができるのか。どこに気をつけなければならないのか。本来、集中力と注意力を持っている子供であれば、すぐに飲み込めます。そして、私達はすぐにやらせます。
 それで失敗せずにうまくヨットが操れると、それだけで子供の表情ががらりと変わるのです。ハラハラしながら待っていた親の所に笑いながら走り帰っていく子供も私は数多く、見てきました。
 そして、何度も、気の済むまでヨットに乗りに来るように言います。1週間経つうちにせっかく膨らんだ気持ちが、またしぼんでしまうこともあるからです。
 1回目はふとんから出られず、2回目は自宅の玄関で吐き、3回目は電車の中で吐き、4回目はヨットの前で吐き、5回目でやっと乗れたというケースもあります。しかし、そこまでいけば、後はスムーズに動き始めるのです。
 その程度のことで、"障害"が直ることもあるわけです。小学生以下であれば尚のことです。学者、評論家達が、頭をひねくり回して"障害"と名づけ、結局こじらせてしまった子供達を、私は何人も直してきました。
 それが私の"体験"です。理屈ではない。理屈はどうであれ、論は並べたてなくとも、直るのです。
 軽い情緒障害児の場合、家で直せるのかと、しばしば聞かれます。「直せます」と私は答えます。
 では、どうしたらいいのか。
 いくつかヒントになる話を書いてみようと思います。ただし、これが必ず効果を上げるというものではありません。
 ケ一スごとに事情は異なり、私は全てに有効な薬を持っているわけではないのです。ただ、私が経験の中からつかんだエッセンスが、いくつかあるということです。
 前章で、どういう家庭環境が情緒障害児を生みやすいかということを、実際の例を挙げながら説明しました。
 ここでまたまとめてみると、"父権の喪失""母性の崩壊"が背景になっていると言うことができると思います。
 子供の第一反抗期は、通常3歳ぐらいでやってくると言われています。これは誕生してからの時間の経過によってもたらされるわけではありません。
 赤ん坊は這うことからスタートし、立ち上がり、やがて走れるようになります。そこに成長の1つの山があります。走れるようになること。それは母親の保護圏からの第1の離脱なのです。子供は、走れるようになると同時に第一反抗期を迎えます。
 それまでは、母親の絶対的とも言える保護が必要ですが、走れるようになった時から、母親は保護の度合いを緩めていいわけです。
 そして、この時から子供はもう1つの大きな存在、父親に気づいてきます。わかりやすく言えば、子供は"やさしさ"だけでなく、"強さ"のバックボーンも求め始めるわけです。
 小さな子供が、なぜ家を離れて外へ遊びに行かれるのかを考えてみればわかります。家庭という優しく、しかも強い存在があれば、後ろから守られていると信じることができるからです。第一反抗期を過ぎると、もはや、優しさだけでは不安なのです。母子家庭の最大の問題はここにあります。
 ついでにここで書いておけば、0歳〜3歳の間における母親の心の揺れも、子供に影響を与えると言われています。例えば、この時期に母親が浮気をする。子供は根源的な不安を抱き続けるというわけです。母親の気持ちの上での後ろめたさが、過保護という不自然な形で子供に向けられるのかもしれません。
 さて、本題に戻りましょう。
 何らかの形で子供にエモーショナル・トラブルが起きているわけです。それをどうしたらいいか、です。
 子供が小さければ小さい程、以下に述べる方法は有効です。小学校に入る前、あるいは小学校の低学年ぐらいまでなら、おおいに効き目があると思います。

 最初の方法は、家庭における父親の存在を子供にわかるように、意図的にクローズ・アップさせるものです。
 夫婦で真剣に芝居をして下さい。
 父親の強さを印象づける芝居です。理由を作って、父親が母親を殴る。これが1つのシナリオです。理由は明確であればあるほどいい。
 父と母の会話があります。
 その中で、母親が口ごたえする。食事のことでもいいし、近所の話でもかまいません。間髪を入れず、父親は母親を殴る。
「おまえはいつも、そういって口ごたえをする!オレがこの家の主なんだ。主の考え方に文句を言うな!オレがこの家族を養っているんだ。オレがこの家を守っているんだ!」
 母親は、そこで引いて下さい。さらに口ごたえし、夫婦ゲンカをすることが目的ではないのですから。
 何度も繰り返す必要はありません。ただし、徐々に、父親をたてる方向に家庭をもっていって下さい。日常的な、ごく細かなことから進めていきます。例えば、食事のこと。毎日、必ず子供のいるところで、今日の食事の献立はこうこうこういうものを考えていますが、それでいいでしょうか。母親が父親に許可を求めるのも1つの方法です。
 子供に父親の存在を強く印象づけていくわけです。
 そうしながら、他方で子供に向かって父親の悪口を言うのは、論外です。母親は子供に対してあくまで優しく、父親はその母親に対して強くあればいいのです。



日常の他愛ない出来事の積み重ねが、子供を情緒障害にする


 子供が、もう少し大きい場合はどういう方法が考えられるか。
 小学校の高学年、中学生くらいになれば、突然の、夫婦の芝居は冷笑されるだけでしょう。
 むしろ、別の形で父親の存在意義をわからせることが必要になります。それ位の子供になれば、家庭経済が父親の働きに負っていることはわかっています。しかし、そのわかり方は、漠然としています。サラリーマン家庭であれば、給料は銀行振込み、父親は母親から小遣い銭をもらうあり様です。子供達の目に見える形で、父親が家にお金を持ってくることはないのです。つまり、サラリーマン家庭では、父親の力のなんたるかが、子供には見えない構造になっているわけです。子供からすれば、父親が働いている現場を見ない限り、いくら説明しても、父親の権威は抽象的なものでしかありません。
 これには具体的なケースがあります。
 中学2年生の男の子の家庭内暴力で悩んでいる家庭がありました。思いあぐねて、ヨットスクールに入れたいと言ってきたのです。話を聞いてみると、どうにも手がつけられない程の男の子ではない。丁度どその時ヨットスクールが子供達でいっぱいだったこともあって、私は次のような方法を家庭で試してみたらと、アドバイスしたのです。
 それは給料の受け渡し式です。
 給料を銀行振込み制から現金の手渡し方式に変えてもらう。給料日の晩、母親は子供に今日はお父さんが1か月働いて稼いでくれた給料を持ってきてくれる日なんだと説明して、父親だけにごちそうを用意しておく。同時に、父親が毎日どういう仕事をしているのかを語り、それが社会の中でどんな風に役立っているのか、また父親が働いていることがこの家にとってどれだけ重要なことかを語り聞かせる。
 そして、父親が帰宅する。
 母親は、父親を下にも置かない扱いをする。感謝の言葉を言い頭を下げる。
 給料袋は、子供の見ている前で、父親から母親にうやうやしく手渡される。
「これで1か月、やりくりしなさい」
 と、父親が言い、その父親が食卓につき、最初のはしをつけたところ、他の家族は食べ始める。それがセレモニーです。
 これを、中途半端にではなく、真剣にやること。そこがポイントです。今の子供は、テレビ・ドラマを通じて色々な家庭劇を見慣れているから、淡々と、さらりとやったのでは、インパクトが弱いのですね。
 しかし、どう考えてもこれは他愛のない儀式に見えます。が、子供がエモーショナル・トラブルを抱えるのも、実を言えば日常の他愛ない小さな出来事の積み重ねの結果なのです。
 父親の頼りなさ。守ってもらい、安心したいという子供の本質的な父親に対する期待感。それがはぐらかされ続けることで、問題は徐々に大きくなっていくのです。
 歯車を逆回転させていかなければなりません。
 ヨットスクールに相談に来た母親は、とにかくやってみますと言って帰って行きました。その後、連絡がありました。
「主人は今さらそんなことやってみてもしょうがないだろうと言ってたんです。でも、1度やってみましょうと言って、先月と今月、2回続けてやってみたんです。子供が変わってきました。ともかく、以前のように家の中で暴れるのだけは収まってきたんです」
 そういう電話をもらったのです。

 繰り返し言いますが、こんなのは対症療法に過ぎません。これ位のことで、たくさんのケースが直るとは思いません。これはむしろ、ごく普通の、今のところとりたてて問題の出ていない家庭に向いていると言えます。情緒障害と言われる程のことはないにしても、現代人の生活の中では、父親の権威はますます子供からは見えにくくなっています。今はどこの会社でも給料の銀行振込み制を採用していますし、外に出て働く父親に対する社会のあつれきはますます、強くなっています。毎日、ぐったりとなって家に帰り着くので精一杯というのが、ごく平均的な父親像でしょう。
 日曜日は一日中、家でゴロゴロし、母親に嫌みを言われ、子供にはバカにされる。哀しむべき存在になっています。
 子供はテレビから種々雑多な情報をかき集め、若いタレントの名前もろくに知らない父を単純に無能と決めつけます。
「ホントに、ウチのトーちゃんはバカなんだから。もっとしっかり稼いでよ」
 母親も子供の尻馬に乗って、平気でそんな風に言う。それが当たり前の風景になってしまっています。父親は、どうせこいつらに色んなことを説明してもわかりゃしないんだと思い、言葉を飲み込んで、1人黙ってビールの栓を抜くわけです。
 バカみたいな話じゃありませんか。愚か者が平然とデカいツラをしているのは、いい世の中じゃありません。子供は、ますます誤解を深めていってしまいます。そして、そのツケを払わされるのは、決まって最後に父親なる存在なのです。
 基本に戻るべきです。
 家庭という共同体の、最も基本的な秩序を回復すべきです。
 そのために、ごく普通の家庭で、父親なる存在の復権を図ることが必要なのです。給料手渡しの儀式は、びほう策ですが、誰もがいつか、最初の針に糸を通さなければならないのです。



親もまた、おそろしい。最悪のケースでは親が子供を見捨てる


 こじれに、こじれた場合どうなるか。その最悪のケースを、私が扱った具体例で書いてみましょう。親が、子供を見捨てるのです。
 家庭内暴力、非行、無気力が手のつけられない程にひどくなり、親はどうにもならなくなって私の所に相談に来ます。
「もう諦めている。煮るなと焼くなと、好きなようにやって欲しい」
 そう言いきって帰っていく親は、まだしも正直です。それは、腹の底からの叫びでしょう。
「まだ、見込みがあると信じています。今までありとあらゆる手を尽くした。それでもダメだった。しかし、最後まで子供の可能性を信じたいんです。戸塚先生、お願いします。もう1度、子供にチャンスを作って下さい」
 涙をこぼしながら切実に訴え、子供を置いて帰る親がいました。帰り道、何度もこちらを振り返りながら、頭を下げるのです。
 よし、何とかこの子を立ち直らせてやろうと、私は思いました。その場にいたコーチも同じ思いを抱いたものです。
 ところが――
 その翌日、コーチが来て言うのです。
「あれはひどいよ。強烈なてんかんを持っている。クスリがないと、とんでもないことになる!」
 てんかんの薬というのは、使用法が難しい。調合しなければいけない。
 すぐ医者に連れて行くと、「このままだと、あと3〜4日で死ぬよ」
 私は急いで親に連絡を取りました。ところが、つかまらない。それまでどういう薬を飲ませていたのか、わからないと困るわけです。それを聞くために親に連絡を取ろうとするのですが、いっこうにつかまらない。本人の荷物をひっくり返していたら、たまたま、薬が出てきた。慌てて飲ませて、すぐに親の元に送り返しました。
 その後で、父親は言いました。
「てんかんだなんて、そんな事実はない。何かの間違いだ。もう1度、引き取ってくれないだろうか」
 断りました。戸塚ヨットスクールに子供を送り込んで、子供を殺そうとしているとしか考えられないからです。ところが、断ると、もうこちらへ向けて送り出したと言う。1人で来られるわけがないんです。知恵遅れの子供ですから。
 ヨットスクールには現われませんでした。後で聞くと、途中で手配師につかまったということです。その後、どうなったかまでは私の方では追跡していません。当然、使いものにならんと、親元へ帰されたはずです。

 もう1つの例。
 父親が、19歳の子供をヨットスクールに送り込んできました。その理由が、どうもよくわからない。どういうタイプの情緒障害なのか、要領をえんのです。その子供は、やせ細った、青白い顔をしていました。無口だし、これは典型的な無気力タイプかなと、初めは考えたんです。
 父親が診断書を持ってきた。ほれ、この通り、肉体的には何の欠陥もないと、差し出してくれた診断書にひょいと見ると、こう書いてある。
「頭頂部骨髄膜腫」
 これは何だと言うと、その父親は慌てて、それは間違いだと言う。はっきりわかりませんが、その父親は何も異常が書かれていない診断書と、医師の書いてくれた診断書を2通、持っていたのではないか。そして、間違って私達に見せてはいけない方の診断書を見せてしまった……。
「絶対、何ともない。この子は精神的に弱いところがあって、問題はそれだけだ」
 そう言い張るわけです。
 この父親は、完全にこの子供を見捨てているんだなと、私にはそう思えたのです。
 しかし、そういう子供を預かるわけにはいきません。固く、お断りして、引き取ってもらいました。
 親もまた、おそろしい。
 そこまで切羽つまったものがあったにせよ、死ぬとわかってヨットスクールに無理やり連れて来る親もいるのです。
 そこまでいかないために、私は、いくつものケースを挙げながら、障害児の親について語ってきました。

 子供を見捨てないために、誰かが子供とその親を救わなければならない。それが現時点の実に緊急を要する問題です。
 テーマを、ヨットスクールに戻します。
 私達は、ヨットを通じて何を子供達に与えようとしているのか。そして、子供達は、そこで何を見るのか――。